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最高裁判所第三小法廷 昭和29年(オ)708号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士塩坂雄策、同渡辺幸吉の上告理由第一点について。

所論は、借地権の侵害行為と借地権者がその借地上に新に建物を建てて営業を営むことによりうべかりし利益の喪失による損害との間には相当因果関係がないというけれども、かような損害は民法四一六条一項にいわゆる通常生ずべき損害とはいえないとしても、同条二項にいわゆる特別事情による損害たりえないものではない。そして原判決は判示損害を同条二項の要件を充たしたものと認めたこと明らかであるから、従つてまた、当然、右は損害と侵害との間に相当因果関係あるものと認めたものというべきである。されば原判決には相当因果関係を必要とする従来の判例と相反するところなく、その判断はもとより正当であつて、論旨は理由がない。

同第二点について。

原判決が昭和二七年一月一日以降本件土地明渡済まで一ケ月五千円の損害賠償を命じたのは、右の時以降原審口頭弁論終結の時までの間に上告人が本件土地を明け渡さないことにより被上告人が現実に右金額の損失を被り、また将来に亘つても土地明渡の時までは同額の損失を被るものと認めたからに外ならないのであつて、決して損害の発生を漠然と仮定したものではない。被上告人がまだ本件土地に建築をせず海産物商をしていないからといつてこれをしたならばうべかりし利益の喪失による損害は仮定のもの、現実にありえないものであるということはできない。また、特定人が特定の土地に店舗を建てて特定の時期の間海産物商を営んだならばうべかりし利益は本人が過去においてその営業の実蹟を有しなくてもこれを判断しえないものではない。論旨は理由がない。

同第三点について。

(1) 所論は、損害額算定の基礎たる事実について具体的主張がなく、また原判決がその基礎とした事実は極めて漠然としているから、その損害額の算定は違法であるというけれども、記録によれば、被上告人は、本件土地に店舗を建設してそこで海産物商を営むことによりうべかりし利益を喪失した旨主張し、そして右海産物商とは「北海道産の海産物を北海道の生産者から直接仕入れ、内地産の海産物は東京魚市場で仕入れ、従業員は壮年男一人女二人及び老年の女一人の家族四人が当り、小僧等は必要があれば雇入れる」という程度の規模のものであることをも主張しているのであるから、以上の事実を基礎として通常の場合に予想せられるべき営業利益を算定することは不可能ではない。そして原審は鑑定の結果を採用して原判示のとおりこれを算定したのであつて、その基礎事実の主張並にその事実の確定が右の程度に止まるからといつて、これに基く右営業利益の算定が架空無根拠の違法なものであるということはできない。

(2) 次に所論は、営業は必ず利益があるとはいえないというけれども、人は営業によつて利益をあげうるのを通例とするから被上告人も利益をあげえたであろうと推定するのが条理にかなうのであつて、損失を招くこともありうるということだけから右推定を覆えすことはできない。原判決が、被上告人が利益をあげることができなかつたであろうと推測されるような特別事情があるなら上告人においてこれを主張立証すべきであるとしたのは相当である。

(3) 更に、所論は損害発生の立証責任の原則違反をいうが、損害の発生はもとより損害賠償請求者において立証すべきであるが、しかしすでに一定の損害の発生が経験則上推定される場合には、その推定を覆えそうとする者において反証を挙げるべきは当然であるから原判決には所論のような違法はない。

(4) なお、所論は、原判決の採用した鑑定は被上告人の主張しない事実を勝手に憶測仮定してなされたものであるから証拠として無効であると主張するが、鑑定は事柄によつては当事者の知らない、若くは、主張しない事実を斟酌し、また、不合理でない仮定や推測によつてすることを許される性質のものであるから、右のことだけで証拠とすることを許されなくなるものではない。原審が所論の鑑定を採用したことには何ら違法の点はない。論旨引用の判例は事案を異にし本件に適切でない。

同第四点について。

記録によれば、原判示海産物商の規模、条件等については第三点(1)に説示したとおりの主張があつた(その内、仕入先、従業員等に関する事実は被上告人が鑑定申請書中の鑑定事項を口頭弁論で陳述している)のであるから、原判決には所論のような違法はない。

同第五点について。

所論の原判示は十分首肯することができる。所論鑑定の結果によれば営業利益月額一万六千円強というのであるからこれから土地賃料額を差し引いても優に原判決認定の月額五千円を超えることは明らかである。所論は採用できない。

同第六点について。

原判決には所論の主張について摘示がなく、この主張に対する判断を明示していないこと所論のとおりであるが、第一審判決は所論主張事実と相容れない事実を確定しているところ、原判決は右第一審判決理由をそのまま引用しているのであるから、結局原判決は所論主張事実を認定しなかつた趣旨であると解せられる。論旨は採用するに足りない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

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